Entries

アカ

 奥の院大王様の祖・マイヤーは、家の門に赤い楯を掲げた。そして1848年にバルーフ・レヴィに共産党宣言を書かせ、それをマルクスとエンゲルスが書いたことにさせた。歴史ではマルクスとエンゲルスが書いたことになっている。
 この時の大王家は初代マイヤーの子や孫の世代になっていた。ロンドンロスチャイルド家はライオネル(孫)の代であり、パリ・ロスチャイルド家は大王様の5男・ジェームズの代である。いずれも大王家の家紋は赤い楯である。

 赤い楯を門に掲げ、これを家紋とした大王様の率いる奥の院は、バルーフ・レビに共産党宣言を書かせ世に広めたのであるが、この思想の下にあらゆる国の民を大虐殺して、彼らの支配する人工国家を打ち立てた。彼らが人工国家に出来なかった国でも、中が真っ赤に染まらなければ生き残れない世にしてしまった。
 この思想は唯物思想でありアカと言うが、これは赤い楯のアカである。ソ連も中共も国旗はアカである。先の大戦前は日本では共産主義思想・唯物思想を「良し」とする人間のことを「あれはアカ」と言った。これは「悪」(ワル)と言うことを意味し、その人間の「全否定」を意味した。
 この思想の下に、奥の院が世界中の君主国の君主・王を次々と処刑・殺害し、その上で、支配権を確立するためには、大虐殺も辞さない。これを日本人は、理屈抜きに肌で感じていたのである。

 先の大戦後、奥の院はGHQを使って日本の子供の教育を支配し、子供の頃から「アカが良い」と徹底的に教育し、その上で、これを批判する者のことを、「あれは右翼」と言わせるようになった。今では、「あれは右翼」と言うのが、その者を全否定を意味するようになった。
 ただ、我が国では大虐殺は起きなかった。そこで、志賀義雄が「いや、暴力革命は必要ない、学校の教科書さえ我々が作り、それを学校教育に使えば、30年後には暴力革命と同じ結果になる」と言って、戦後ずっと教科書は彼らが作って来た。そして社会は真っ赤に染まった。ちょっと都合が悪くなると相手のことを「あれは右翼」と言えばそれ以上議論する必要もなくなった。

 志賀は昭和20年10月、GHQの釈放命令でが府中刑務所から出てきて、翌21年4月の総選挙で大阪選出の共産党衆議院議員になり、奥の院の手先として活躍することになった。
  彼は一時期日本共産党の委員長を務め、ソ連(奥の院国家)から資金援助を受けていたのである。

 彼は賢くて先見の明があった。「教科書さえこちらに作らせてもらえれば、30年後には暴力革命と同じ結果が得られる」と言ったが、ずばりその通りになった。従って、奥の院は日本の教育、教科書作りは絶対に変えない、譲らない。日教組支配は変えない。しかも、あの馬鹿な宮沢喜一元総理のせいで、教科書は半島や支那(中共)の了解がないと作れなくなった(近隣諸国条項)。自分の国の子弟が使う教科書を、他国にお伺いを立てて作らなければならなくなった。

 誰もがおかしいと思うがこれが変わらない。誰が見ても変なことがあり、これが変わらない場合は、それは間違いなく奥の院が支配しているからなのである。
 ちょっとでも変えようとすると、メディアを使って大騒ぎを起こす。その上で、政治家なら選挙で落とされる、役人であれば出世できなくなる、あるいは変な事件を起こされて解雇・辞任となる。そのような例は毎日のように起きている。

 「アカ」は奥の院の大王家家紋の「アカ」である。ソ連の「赤軍」、中共の「紅軍」である。
 いつの間にか小学唱歌は学校では使われなくなった。卒業式で「仰げば尊し」「蛍の光」も歌われなくなった。祝日に国旗が掲揚出来なくなった。「あれは右翼」と言われるのが怖いからである。
 今更どうにもならないのであろうか。国民が気付けば何とかなるようにも思うが。
スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する