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米南北戦争仕掛け

 1856年、オーガスト・ベルモント(日本にやって来たペリーの義父)がアメリカ民主党党首として、アメリカの政治に大きく関わり、ロンドンの奥の院本部のために活躍し始める。

 翌1857年、パリ大王家のアルフォンソ・ロスチャイルド(ジェームス・ド・ロチルドの長男)とロンドン大王家のライオネル・ロスチャイルドの娘レオノラとが結婚し、その結婚式でベンジャミン・ディズレリー(後の首相)は祝辞を述べた。
 「欧州の首都という首都、そして地球上のどこにおいても、その名を知らぬ者のいないロスチャイルドの家長たちがこの屋根の下に集まっています。お望みなら合衆国を二つに分け、一国はジェームズ、あなたに、そしてもう一国はライオネル、あなたに差し上げましょう。ナポレオン(ナポレオン3世・ナポレオン・ボナパルトの甥)でさえ私の助言通りに行動するでしょうし、ビスマルクには、彼が有頂天になるような計画を提案してやりましょう。これによって彼らも我々の哀れな奴隷と化すでしょうけれども」と。
 間もなく南北戦争が勃発し、ライオネル(英)が南部を、ジェームズ(仏)が北部を支援した。

 戦費調達のため、リンカーン大統領が大王家に融資を依頼すると、金利12%で資金提供すると言われてショックを受け、彼は金を裏付けに政府紙幣(金兌換)グリーンバックを発行した。
 今度は奥の院側が「そんな手があったのか」と吃驚する。せっかくイギリスで打ち出の小槌を手にして、これでアメリカを取るために南北戦争を起こしたのに、こんなことをされると全てがぶち壊しになる。

 奥の院のイギリス銀行家はアメリカ関連のすべての債券を投げ売りして大暴落させ、アメリカを大恐慌に陥れた。勿論、裏でイングランド銀行が、代理人ジョージ・ピーボディーにの巨額の融資をして、投げ売りした債券を底値ですべて買い取る。
 その後、ジョージ・ピーボディには子がなかったので、大王家はジュニーアス・モルガンをパートナーにさせ、ここにJ・P・モルガンが誕生した。従ってアメリカのモルガン財閥も大王家の代理人として誕生したのであった。

 イギリスでは翌1858年、大王家の祖マイヤー孫・ライオネル・ロスチャイルドが最初のユダヤ人庶民議員として議会に席をしめる。彼は大王家3代、ロンドン・ロスチャイルド2代ある。
 アメリカでは大王家の代理人のオーガスト・ベルモントが民主党党首として、イギリスではライオネルが庶民議員として、英・米両国で、それぞれ政治を動かすことになった。

 そしてこの年6月、日本は米国との間で日米修好通商条約(不平等条約)を締結する。更に後、この日米修好通商条約は、1940年にフランクリン・ルーズベルト大統領によって一方的に破棄され、日本を世界大戦に巻き込み、日本を潰してしまったのである。
 これが、奥の院の日本に対して、実行したことの歴史である。
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